2020年11月26日、内閣府規制改革推進会議第4回医療・介護ワーキング・グループ(以下、「WG」という。)が開催されました。テーマは、①医薬品提供方法の柔軟化・多様化、②最先端の医療機器の開発・導入の促進の2つで、今回の記事では後者について規制改革推進会議でどのような提言と議論がなされたのか取り上げたいと思います。(1)
デジタルヘルスの社会実装に関する議論で未だ何が不足しているのか?
以前の記事で、医療機器プログラム(以下、「SaMD」という。)における規制上の課題(2)(3)や、日本初のデジタル療法デバイスであるCureApp SCの保険償還(4)について書きましたが、第4回WGでは、それまでの一連の議論の流れから、現在開発が活発化しているデジタルヘルス製品の保険評価制度について議論されることとなり、民間からの説明者として、公益財団法人医療機器センター(以下、「機器センター」という。)が出席し、民間から見た現状の評価制度に関する課題と解決案について提言しました。
機器センターは、提言の中でデジタルヘルスの社会実装のためには「研究開発、薬事規制、そして保険償還の3つがセットとして、いわば入口から出口までのパッケージとして同時に示される必要がある」とし、研究開発・薬事規制についてはこれまでにも議論がされてきたものの、「企業が事業化する際に最も重要視する保険償還については、デジタルヘルスの特性にまで踏み込んだ議論が行われていない」ということが課題であるとしています。
この課題に対して、機器センターでは、開発が加速しつつあるデジタルヘルス領域において、保険戦略が課題になるという観点から昨年度より「AI・デジタルヘルス研究会」を立ち上げ、提言をまとめており(5)、今回のWGにおける医療機器センターの提言はこの研究会での検討を報告したものです。
機器センターが示したデジタルヘルスにおける保険償還制度の課題と5つの提言
デジタルヘルスの本質は様々ありますが、従来からよく言われていることは、医療における至上命題である「医療の質の向上」 と「医療コストの抑制」 という二律背反を、「デジタル」 を活用した創造的なアプローチにより解決することにあるということ(6)です。機器センターも提言の中で「医師の技術の平準化といった負担軽減などに資する」という表現を用いてこの二律背反を解決する点をデジタルヘルスの特性、と説明しています。
しかしながらこのような特性は従来の診療報酬制度において評価されているわけではありません(理由は後述します)。医療機器の出口戦略は保険償還がメジャーである中で、開発するアカデミアや企業にとっては、出口戦略が不確実な中では開発インセンティブが働かないため産業育成されず、ひいて有効であろう技術がエンドユーザーである医療者や患者に届く機会が失われるという懸念があがっていました。
高齢化に伴う社会構造の変化や、医療水準の高度化に伴う医療従事者の負担増といった課題の解決策となりうるデジタルヘルスを保険償還制度の中でどのように評価することが望ましいのかという観点で、機器センターからは5つの提言(表1)がなされています。(7)
特に優先的に議論すべきと考えられるものとして、医療の生産性を向上させる経済的アウトカムの評価方法とそのためのエビデンスの考え方を機器センターはあげています。 また、技術料包括として、デジタルヘルスの評価をどのように考えていくのかとい った類型化の明確化の議論、さらには、診療報酬で見るべき部分と、診療報酬以外で見るべき部分の財源も含めた柔軟な制度の在り方を議論していく必要もあると述べています。
第1回及び第4回WGで提言を受けての議論
第4回WGでは、機器センターの提言の後、第1回WG及び第4回WGの提言内容に対する厚労省の答弁をもとに議論が行われました。すなわち、第1回WGでは開発・薬事に関する課題があげられましたが、まず、それについて厚労省からは表2に示すとおり「DASH for SaMD(DX Action Strategies in Healthcare for SaMD)」という制度を設けることがパッケージ戦略として示されました。(8)制度の概要を見ると、第1回WGで提言された内容の多くが採用されたと言えるでしょう。
特に厚労省側の答弁で特筆すべき点は、3.(3)「革新的プログラム医療機器指定制度の検討」ではないかと思われます。従来の条件付き早期承認制度は非常に厳格な条件が設定されており、対象となる医療機器は限られるもので、国内外のSaMDの開発パイプラインを考えても該当するものは実質存在しないだろうと考えられていましたが、今回のパッケージ戦略において「条件付き承認制度とは別に、プログラムに特化して、既存の医療技術や治療法などに比べて有効性・安全性がすぐれているようなものについて、ここに書かせていただいているような応援というか、支援を行政側も一緒になってやっていこうというもの」として設計していくことが説明されています。今後も制度設計の動向を注視していく必要があります。
一方で、SaMDを含めたデジタルヘルスの保険償還については、従来路線と大きく変わらない答弁がなされたと言えます。厚労省からは、「医療保険は療養のサービスに対する対価であり、実際に医療サービスを提供した医療機関や薬局などに対して、診療報酬の給付を行っている。これを行う際には、患者に対して、有効性・安全性が立証された医療技術について評価を行うというのを基本的な整理の考え方としている。」という前提の上、新しい医療技術でも同様であり、機器センターの提言である「医療従事者の負担の軽減、あるいは技術の平準化」だけでは保険上の評価はできないというスタンスの答弁がなされました。
これについては、規制改革推進会議の各委員からは以下の提起がされ、引き続き議論が必要であることが示唆されました。
機器センターの提言は『プログラム機器を使うことによって、通常の医師の治療技術や判断が専門医並みに向上する』つまり『平準化ではなくてボトムアップ』であり、臨床上の医療の質の向上に当たるのではないか。
印南委員
現行制度の中でも、医療機器の改良加算という枠組の中で必ずしも直接的に患者の利益にならないものでも評価されている部分(例:環境に及ぼす影響が小さいとか、医療従事者への高い安全性につながる、など)があり、これは間接的に医療の質を向上させる仕組みとして診療報酬で評価している前例がある。
印南委員
一般の診療報酬の中でも、医師事務作業補助体制加算など、医師の負担の軽減のための加算が認められている前例がある。
印南委員
医療機器はライフサイクルが非常に早く、経済的アウトカムを評価しなければいけないという観点で言うと、先進医療A・Bというような申請から承認までの時間の長さを考えてみると、これももっと簡素化しなければいけないということではないか。
大橋委員
評価に関して医療従事者の負担の軽減のみではいけないというそもそもの考え方に課題があるのではないか。医療の仕組みを改善する、効率化するだけでは駄目だということが、それが積み重なって医療崩壊とか、大学、病院から医者がやめていくということになっており、医療の仕組みをよくするという観点が評価・価値に値するものと考えていただきたい。
高橋委員
デジタルヘルス機器はデータが集まってから威力を発揮し、どんどんアップデートされていくものでもあるため、臨床的価値を証明できている頃にはもう遅い、海外に負けているという状況になりかねないので、臨床的価値証明には時間的猶予を置いておいてほしい。
高橋委員
技術料の引き上げなどは2年に一度の診療報酬改定の再評価では、技術革新のスピードに追いついているのかという問題も一方ではあるが、より予見可能性が高い仕組みにしていくという意味で評価指標とか評価期間をできるだけ早い段階に関係者で共有するという工夫を入れた制度設計が必要なのではないか。
菅原委員
また、第1回WGでは、出口戦略については保険制度にこだわらず、保険外併用療養費の制度を活用するという形もあるのではないかという提起がなされていますが、これについては表4(9)のとおり、厚労省側もありうる選択肢としており、将来的な保険導入のための評価を行う仕組みとして、評価療養の仕組みの中の先進医療という枠組みを活用することは現状でも可能であるという説明がなされました。(評価療養と選定療養の違いについては、本記事では割愛します。)
これに対しても、委員から追加の提起がありました。保険予算という限られたパイの中でどう配分するのかという考え方をもとに答弁する規制当局である厚労省の視点と産業育成を促すことでパイそのものを拡大させるという考え方もあるのではないかという規制改革推進会議委員の考え方の違いが浮き彫りとなっています。
評価療養だけでなく選定療養の活用という考え方もあるのではないか(ある種のアメニティのような形で捉える)。
印南委員、菅原委員
保険収載の話になると医療とか介護も含めて、社会保障費用の抑制、パイの縮小の話が課題となる。一方で、ヘルスケアを成長戦略と捉えて、新たなビジネスを拡大していくというパイの拡大という一見相矛盾した観点での調整が必要であり、保険収載をどこまでやるか、マーケットにある程度任せて企業が価値をつけていくという自由診療の部分をどこまでやるかというバランスの問題をどう考えるかですが。
菅原委員
自己負担が増えるという指摘もあるが、民間保険の活用を含めた全体の制度設計も含めて検討をできないか。
菅原委員
残念ながら時間の都合上、保険償還に関する委員からの提起については後日の書面回答という形となっています。
最後に
会議の最後に、河野太郎大臣からタイムスケジュールに関する指摘がありました。本規制改革推進会議の推進力・スピード感は従来以上に高く、各省庁へのプレッシャーも大きいのではないかと思われます。しかしながら、課題として採用されたものについて、短いスパンで物事を進めていくべきであるという大臣の強いリーダーシップのもとで議論がなされています。
コロナ禍において厚労省が取り組むべき業務負担は例年よりも明らかに大きい中、省内では想定されていなかっただろう案件についてスピード感を持って対応いただき、「DASH for SaMD」という制度設計の検討が始まったということは業界にとって大変大きな後押しとなるでしょう。出口戦略となる保険償還制度・保険外併用療養制度の活用についてもぜひ今後議論が進むことを期待しています。
遠隔診療や治療・診断アプリといったデジタルヘルス技術・製品はコロナ禍において各国で社会実装され、そして一定の役割を果たしつつあります。日本においてもぜひデジタルヘルス技術・製品を活発に活用できる土壌を国がリードして作っていただけることを願ってやみません。
参考資料
(1)内閣府:第4回 医療・介護ワーキング・グループ 議事次第
(2)Digital Health Times:規制改革推進会議で取り上げられた医療機器プログラム(SaMD)の開発促進における課題-前編-
(3)Digital Health Times:規制改革推進会議で取り上げられた医療機器プログラム(SaMD)の開発促進における課題-後編-
(4)Digital Health Times:「禁煙治療用アプリ」CureApp SCが保険償還されたこととその意味
(5)公益財団法人医療機器センター:デジタルヘルスの進歩を見据えた 医療技術の保険償還のあり方に関する研究会 (略称:AI・デジタルヘルス研究会) からの提言
(6)Roland Berger社:デジタルヘルスの本質を見極める
(7)内閣府:第4回 医療・介護ワーキング・グループ 資料2-1(医療機器センター提出資料)