「禁煙治療用アプリ」CureApp SCが保険償還されたこととその意味

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Apple Watch ECG appの承認や規制改革推進会議医療介護WGでのヒアリング等で盛り上がりを見せる日本の医療機器プログラム界隈に新たな歴史的瞬間が訪れました。2020年11月11日、中央社会保険医療協議会(以下、「中医協」という。)総会において、CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー(以下、「CureApp SC」という。)が、デジタル療法医療機器として初めて保険適用の承認を受けました。

このビッグニュースをうけて、日本の「DTx」業界は大きな盛り上がりを見せています。今回は、CureApp SCの保険償還を糸口として、医療機器の保険償還とはどのようなものかを簡単にご説明し、最後に今回の保険償還が後続のDTxに与える影響について少し考えてみたいと思います。

DTxとは何か?

DTxは、Digital Therapeutics(デジタル療法)の略称で、デジタル技術を疾病の治療に用いることを意味します。米国では、2010年にWelldoc社の2型糖尿病患者向けの治療補助アプリBlueStar®が米国食品医薬品局(以下、「FDA」という。)により医療機器プログラム(以下、「SaMD」という。)としての承認を受けたのを皮切りに、アルコール依存症、薬物依存症、小児注意欠陥・多動性障害(ADHD)等多くのDTx製品が医療機器として承認されています。

CureApp SCは、日本で初めて 医療機器として薬事承認を受けたDTx製品であり、その保険償還の行方は、日本のDTx業界の試金石として大変注目されていました。なお、以前の記事でも少し触れましたが、CureApp SCはソフトウェアであるスマートフォンアプリとハードウェアであるCOチェッカーの組み合わせ製品であり、SaMDには該当せず、類別は「内臓機能検査用器具」、一般的名称は「禁煙治療補助システム」とされています。

薬事承認は「必須」、保険償還は「任意」

そもそも、保険償還されるとはどういうことなのでしょうか?医療機器として薬事承認されることと何が違うのでしょうか?

疾病の治療に用いられるという性質上、DTx領域の製品の多くは医療機器に該当するものと思われます。医療機器の該当性や、医療機器に該当する場合に「承認」や「認証」(以下、「薬事承認」という。)が必要となることについては、以前の記事(1)で解説したところですので、もしよければご一読ください。CureApp SCは、2020年8月21日にすでに薬事承認を受けていましたが、今回、それに加えてその保険償還が承認されたことになります。

ここでいう保険償還の承認とは、健康保険による給付の対象となる(診療報酬の支払対象となる)ことを指します。薬事承認を取得すれば、医療機器を広く日本において販売することは可能となります。つまり、薬事承認を受けた医療機器であれば、医療機関は自由に保険診療において用いることが可能なのですが、保険償還がなされていない場合、その医療機器の購入・使用や維持にかかるコストは医療機関の持ち出しになります。国民皆保険制度及び強力な保険診療中心主義をとる日本においては、健康保険による給付の対象とならないと販売チャネルが著しく限定されてしまうため、保険診療で用いられる医療機器においては薬事承認のみならず保険償還を目指すケースが多いのではないでしょうか。

少し角度を変えて見ると、薬事規制は医療機器の流通を許認可を通じて「規制」するルール(行政法でいう「侵害行政」)であるのに対して、保険償還は医療機関が医療を行った際に「給付」を受けられる条件を定めるルール(行政法でいう「給付行政」)という性質の違いがあり、これらのルールの大元になる法律の条文に端的に表現されています。

医療機器(中略)又は体外診断用医薬品(中略)の製造販売をしようとする者は、品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。

医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第23条の2の5

保険者は、療養の給付に関する費用を保険医療機関又は保険薬局に支払うものとし、(中略)請求することができる費用の額は、療養の給付に要する費用の額から、(中略)被保険者が(中略)支払わなければならない一部負担金に相当する額を控除した額とする。

健康保険法第76条第1項

結論として、CureApp SCは「C2(新技術)区分」として「特定保険医療材料としては設定せず、新規技術料にて評価」され、「C110-2 在宅振戦等刺激装置治療指導管理料注2 導入期加算 140 点」及び「C167 疼痛等管理用送信器加算 600 点✕4回分」の準用技術料を価格とすることが決定されました。

図1:中医協資料(2)より抜粋

これは一体どういうことなのでしょうか?やや難解ですが、医療機器の保険償還の仕組みと共にひも解いてみましょう。なお、ここからA、B、Cといった区分が出てきますが、これらは厚生労働省医政局長・厚生労働省保険局長「医療機器の保険適用等に関する取扱いについて」医政発0207第3号・保発0207第4号に定められている医療機器保険償還のカテゴリ区分です。ただ、ややこしいので、今回の記事では詳細についての説明は割愛します。また、一般的に保険点数は「1点あたり10円」として扱われます。

医療機器の複雑な保険償還制度

現在の法制度上、SaMDを含むDTx製品は従来の医療機器と同じ「医療機器」というカテゴリの一部と捉えられているため、保険償還の決定プロセスにおいても、従来の医療機器と同じルール・プロセスが適用されます。そもそも、医療保険においては、

  1. 医薬品のように「物」に対して値段がつけられる場合
  2. 検査をするといった「行為」に対して値段がつけられる場合

の2種類がありますが、医療機器の保険償還にはこれらの両方のケースが存在します。

前者の「医療機器に『物』としての値段が付けられる場合」は、医薬品と同様、医師が医療機器を一つ処方する毎に、その医療機器の値段について支払いを受けることができ、これは「特定保険医療材料」と呼ばれます。代表的な例では、心臓の検査で使われる冠動脈カテーテルや不整脈の治療で用いられるペースメーカなどがあげられます。(医療機器の保険償還カテゴリでは「B」というカテゴリに相当します。)

一方で、後者の「医療機器を使って行う『行為』に対して値段が付けられる場合」は、医療機器と診療報酬の関係から大きく2種類に分類されます。1つ目のカテゴリが、医療機関が特定の医療機器を使用することによって、特定の「行為」に対する対価の支払いを受けることができる場合で、これは「特定診療報酬算定医療機器」と呼ばれます。(医療機器の保険償還カテゴリでは「A2」に相当します。)

そもそも、「行為」に対して付けられる診療報酬は「技術料」と呼ばれ、一定の条件を満たす医療行為を行った場合に、一定の点数(1点あたり10円)を算定できる、という形式でルールが設定されています。以下に初診料の例を示します。

図2:令和2年厚生労働省告示第57号「診療報酬の算定方法の一部を改正する件」(3)より抜粋

一定の技術料においては、一定の医療機器を使用することが、その診療報酬点数を算定するための条件とされています。例えば、C161注入ポンプ加算においては、「在宅中心静脈栄養法、在宅成分栄養経管栄養法若しくは在宅小児経管栄養法を行っている入院中の患者以外の患者(中略)に対して、注入ポンプを使用した場合」に、1,250点(12,500円)を算定することが可能とされています。

2つ目のカテゴリは、当該医療機器が特定の技術料の支払いを受けるための条件とは特になっていない場合です。代表例は、ガーゼや縫合糸です。医療機器の保険償還カテゴリでは「A1」に該当し、「技術料に平均的に包括して評価する」と表現されていますが、実質的には当該医療機器自体は保険償還の対象となっていないカテゴリと言えます。

CureApp SCの保険償還の意味

さて、中医協の資料によると、キュアアップ社による希望価格は、合計で76,700円で、原価計算方式をベースとした機器そのものの価格(63,580円)に加え、導入加算(580点)や使用に伴う管理料加算(732点)を加えたものでした。つまり、キュアアップ社は「特定保険医療材料」としての価格を要望のメインとしていたと資料からわかります。一方で、上述のとおり、中医協は、CureApp SCを「特定保険医療材料」として設定せず、「技術料」として評価するという判断をとりました。これはすなわち、CureApp SCの「物」に対する値段ではなく、CureApp SCを使用して行われる「行為」に対して値段をつけるということを意味し、その中でも、CureApp SCというデバイスを使用した治療行為に対して一定の対価が支払われるカテゴリで扱われることとなりました。

では、一体その治療行為には何点の点数がつくのでしょうか。CureApp SCを使用した治療行為について、既存の技術料が存在しないため、既存の技術料の中から性質が似たものを準用することで診療報酬の点数を定めることになります。(このようなケースは、医療機器の保険償還カテゴリでは「C2」に相当します。)

図1にあるとおり、CureApp SCには、「C110-2 在宅振戦等刺激装置治療指導管理料注2 導入期加算 140 点」と「C167 疼痛等管理用送信器加算 600 点 4回分」が準用されました。この「準用」とは、全く異なる医療行為ではあるが保険償還を考慮する上で点数の付け方に関する考え方が類似しているものを使うということを意味します。

「C110-2 在宅振戦等刺激装置治療指導管理料注2 導入期加算」は、手足の震えを除去するために脳内や脊髄に植込型装置を植え込んだ後に在宅治療において患者の指導管理を行うケースで、手術後間もない時期に行った場合に算定できる加算です。当日の厚生労働省の説明では、CureApp SCが、在宅での状況を逐次把握する製品であり、「医師による追加の管理が必要となる点が近似する」とのことでした。

また、「C167 疼痛等管理用送信器加算」は、疼痛除去等のために脳・脊髄刺激装置を脳に植え込んだ後に、疼痛等管理用送信機を使用した場合に算定できる加算です。準用されたこの技術料は、CureApp SCとは随分とイメージが異なるため、驚かれた方も多いのではないでしょうか?この件については、厚生労働省からは、CureApp SCの構成品であるCOチェッカーについて「装置が情報を送るという観点が類似する」と説明されました。

中医協の当日資料に記載されたキュアアップ社の希望価格と、実際に償還された価格にはグラフ1のような違いがあります。トータルで見ると、キュアアップの希望価格の約3-4割程度が中医協で認められたと言い換えることができるかもしれません。

グラフ1:キュアアップ社からの希望価格と中医協で決定した保険償還価格の違い

なお、CureApp SCは既存の禁煙療法に上乗せして使用する製品となりますので、CureApp SCを用いて禁煙治療を行った場合のトータルの保険点数は以下の表になります。(カッコ内は情報通信機器を用いた場合の点数となります。)

治療B001-3-2:
ニコチン依存症管理料1
CureApp禁煙アプリ等による加算
初回230140+600✕42,770
2回目184
(155)
184
(155)
3回目184
(155)
184
(155)
4回目184
(155)
184
(155)
5回目180180
合計962
(875)
2,5403,502
(3,415)
表2:実際にCureApp SCで禁煙治療を実施する場合に必要となるトータルの保険点数

これをみると、従来これまで行われてきた禁煙療法が962(875)点であるのに対して、CureApp SCの使用を加えることで3,502(3,415)点の診療報酬となり、一気に3倍強の保険点数になることがわかります。例えば、3割負担の患者にとってはこれまで3,000円程度で受けられていた禁煙療法が、CureApp SCを組み合わせた治療になることにより、一気に10,000円を超える治療になるというイメージです。さらに、これにバレニクリンといった禁煙補助薬が処方される場合にはその費用が患者負担となります。

CureApp SCの保険償還の評価及び今後への影響

CureApp SCの保険償還は、今後のDTxの保険償還に対してどのような影響があるでしょうか。

1つ目に着目すべき点は、今回のCureApp SCにおいては特定保険医療材料としては設定されなかった、という点です。特定保険医療材料として評価されると、医薬品と同様に1つ使用する毎に医療機関に一定の収入が入り、また、技術料として評価される場合に比して高い診療報酬点数がつくことも多いため、マーケットの広がりが最大化されるという期待が持てます。キュアアップ社も、希望償還価格としては特定保険医療材料としての設定を提出していました。

もっとも、業界内では、CureApp SCが薬事承認取得の際に実施していた治験デザインからも、特定医療保険材料としての設定は難しいとの観測がなされており、技術料として算定されたことは予測の範囲内と言えます。しかしながら、今後のDTx製品の試験デザイン次第では異なる結論が生じる可能性もあり、今後の他製品における国内開発がどのような保険点数を取りたければどのような方向性で進めればよいのかという一つの道標となりました。

2つ目は、そうは言っても2,540点(25,400円)という比較的高い診療報酬点数が認められた、という点です。キュアアップ社代表取締役の佐竹氏が中医協後の記者会見でお話されていましたが、これまで「アプリにつく保険点数は数百円程度だ」と言われることもあった中で、このような大きな点数が付いたことは、DTxの保険診療におけるマネタイズの観点からは、一定のマーケットの広がりを予感させるものであると考えられます。

3つ目は、今回の診療報酬点数の設定において、CureApp SCの構成品のハードウェアデバイスであるCOチェッカーが重視された点です。今回認められた2,540点の大半は「C167 疼痛等管理用送信器加算」の準用(600点✕4回分で2,400点)であり、この理由としては「COチェッカーが情報を送信する点」が挙げられていました。中医協総会においても、この診療報酬点数がデバイスの存在に着目したものであることが繰り返し発言され、単体の治療アプリ(SaMD)の場合においては今回と同じ考え方で保険償還されるべきなのか疑問を呈する発言が委員からもありました。

このことは、ハードウェアデバイスを構成品に含まない純粋なSaMDにどの程度の診療報酬点数がつくのかは未知数である(これまでの業界内の想定の通り、低い、あるいはそもそも保険償還されない可能性を含む)ことを示唆しており、DTx製品の広がりにおける制約となる可能性があります。

また、大きな保険点数がついたことは開発者側にとっては喜ばしいことである一方で、視点を変えてみると、従来の禁煙療法の保険点数であるニコチン依存症管理料の数倍の保険点数がついたことで、患者及び保険者の費用負担もまた数倍となることは消化しきれない課題として浮き彫りとなりました。CureApp SCの治験で示された禁煙継続率の向上程度から鑑みても、患者や保険者にとっては大幅な負担増加となる今回の点数が本当に適切なものといえるのかといった観点で、中医協委員から指摘が上がっており、当日の中医協Live配信を見ていた人の中には、DTx製品の保険償還のための議論の土台が十分に整わないまま保険点数がついたという感触を得た人も少なくないかもしれません。

最後に

CureApp SC ニコチン依存症治療アプリの保険償還決定を受けて、DTxについて興味を持たれた方も多いのではないでしょうか。CureApp SCは国内のDTx分野において先頭を走り続けた製品であり、道なき道を切り開いてきたご関係者の皆様(開発企業、規制当局双方)の努力には頭が下がるばかりです。

今回の保険償還決定を受けて、希望と共に課題も明らかになってきました。もっとも、これは、有体物を前提とした医療機器の保険償還の仕組と無体物であるSaMDを含めたDTx製品の特性のミスマッチに起因しているとも考えられます。DTx製品の特性を踏まえた新しい保険償還の仕組の検討(4)が望まれるところです。

注釈

(1)Digital Health Times:Apple Watch ECG appの国内承認から見る「医療機器プログラム」

(2)厚生労働省:中央社会保険医療協議会 総会(第468回)「医療機器及び臨床検査の保険適用について」

(3)厚生労働省:令和2年厚生労働省告示第57号「診療報酬の算定方法の一部を改正する件」

(4)公益財団法人医療機器センター:「デジタルヘルスの進歩を見据えた医療技術の保険償還のあり方に関する研究会(略称:AI・デジタルヘルス研究会)からの提言」

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