未来のバーチャル治験を考えてみよう

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過去2回の記事では、国内外におけるバーチャル治験、特にオンライン診療の動向を紹介してきました(1)(2)。今回は、より長期的な視点で、DXが進んだ未来におけるバーチャル治験のイメージを描いていきます。その上で、未来の理想像と今のギャップを整理していきたいと思います。

イノベーションの火種

治験のプロセスをバーチャル化していこうと考えていると、様々なことが気になってくるのではないでしょうか。例えば、遠隔でも被験者の安全性を確保できるのか、新たな手法で取得するデータの信頼性は担保されているのか、規制への遵守は確実にできているのか、など思い浮かんできます。

実際に、このようなポイントについての結論が出ずに、導入を断念された方もいらっしゃるかもしれません。

一方、上記のようなポイントにも関連するものとして、今後の治験におけるデジタルトランスフォーメーションを推進しうる前向きな動きが活発化していることも事実です。規制、技術の2点で例を挙げてみます。

規制面での例としては、COVID-19の影響を受けてアメリカ食品医薬品局(FDA)が発出したガイダンスにおける、COVID-19対応としての治験でのオンライン診療の推奨(3)や、同じくFDAの関連組織であるCTTIが推奨するdecentralized clinical trials(いわゆるバーチャル治験)ガイダンスの発行(4)などが挙げられます。また、国内での例としては、海外からやや遅れてではありますが、リアルワールドデータの利活用に関して医薬品医療機器総合機構(PMDA)はデータベース研究ガイダンス(5)を発出し、レジストリデータ活用に関するガイダンスの作成も進められています。

次に技術の面では、特に生体センシングデバイスの種類の増加と技術の向上が顕著です。Apple Watch心電図が医療機器として国内承認されたという報道が最近話題になったばかりですが(6)、睡眠、活動量、心拍データ等を取得できるウェアラブルデバイスは多数存在しており、また近年では自動運転に用いられるようなレーダー波技術を応用した非接触でのセンシングデバイスも登場しており、使用者の負担を更に軽減した状態で生体データの取得が可能となってきています。

この各方面での動きは、今後の治験のあり方にイノベーションを起こす一つの火種になりうるのではと考えます。このような流れに後押しされてバーチャル治験の取り組みが推進され、そして普及していった未来においては、治験のあり方がどの様に変わっているのでしょうか。

未来のバーチャル治験は生活の一部?

規制や技術の革新により治験のバーチャル化が進んだ未来では、従来の治験の枠組みと異なり、あらゆる面で日常生活に溶け込んだ治験の形になっているのではないかと期待します。

つまり、患者はいつも通りの生活のままで治験に参加し、医療機関を訪問せずに治験の手順を経ることができます。そして、豊富な生体データから算出される有効性や安全性の評価指標を用いて、医薬品の認可に必要な承認申請の基準を満たしていきます。

この未来の治験のイメージを、とある患者の1日の流れとして掘り下げてみました。

  • 朝、患者は身体の状態を計測できるデバイスでもある肌着を身につけて、家を出ます。この肌着型のデバイスにより、患者の血圧、体温、SpO2、心電図などの各種生体データがリアルタイムで取得されていきます。(経時的な生体データの自動取得)
  • 会社へ出社した後は、いつも通りに仕事をこなします。すると、身につけているデバイスが血圧値の異常を検知しました。異常値のアラートがすぐさま担当医へ送られ、状況を察知した医師は、試験計画書の規定に基づき同日での受診を促します。(有害事象の早期検知)
  • 患者は、会社勤務の休み時間に担当医の診察を遠隔で受けることとなりました。スマートフォンで担当医とビデオ通話を繋いだら、オンラインで症状の確認や、薬の服薬状況などを確認されます。診察の結果、血圧値の異常に対する処置として、治験薬の減量の指示を受けました。(遠隔での診察と、薬の毒性及び服薬マネジメント)
  • 仕事を終えて帰宅すると、治験で服用する薬の1ヶ月分が届きました。余っていた薬の返却も併せて行われ、薬の処方や回収の情報がリアルタイムで記録されていきます。(郵送による治験薬処方と回収)
  • 自宅へ看護師が訪問してきました。治験での検査に必要な採血をしてもらうためです。取得された血液検体は、看護師によって検査を行う検査機関へ送られていきます。(訪問看護による血液検体の取得)
  • 患者が夕食を終える頃、治験システムからの自動アラートを受けて、治験薬の服用を思い出します。先ほどの減量指示が反映されたアラートであったため、医師の指示に基づいた適切な用法用量での服用を行うことができました。(服薬コンプライアンスの向上)
  • 1日の中で得られた豊富な生体データを基に、機械学習アルゴリズムを用いた臨床評価システムが原疾患の状態を予測し、症状を定量化します。その有効性評価データが記録されて、1日が終わります。(生体データを用いたデジタルサロゲートマーカーの活用)

このように、患者ができるだけ普段の生活様式を維持したままで、患者の安全性を保ち、質の高いデータを得られていく治験のあり方こそが、患者中心の治験と言えるのかもしれません。

今と未来のギャップ

前述した未来の治験像にある各プロセスについて、現状と未来とのギャップを整理してみます。

今と未来のギャップをご覧になってみて、どのような印象を持たれるでしょうか?筆者は、未来の治験像は決して遠くない未来ではないかと考えています。

①事例を増やして新たな手法の科学的な信頼性を高めていくこと、②関連する規制や指針を整備していくこと、この2点を並行して進めていくことがギャップを埋めていくために重要ではないでしょうか。

そのためには、患者、医療機関、規制当局、製薬企業、そしてITベンダーといったそれぞれのプレイヤーが協力することで、その時々における適切な形態でのバーチャル治験の実施と、その結果等に基づいた規制及び指針整備への提言ができてくるのではないかと考えます。その繰り返しの先、そう遠くない将来に、「未来のバーチャル治験」が待っているはずです。

まとめ

計3回の記事で、バーチャル治験の概論と展望などについて紹介をしてきました。しかし、バーチャル治験の試みはまだまだ始まったばかりであり、afterコロナの時代における治験のあり方が活発に議論されている昨今、日進月歩で情報が更新されていくものと思われます。

Digital Health Timesでは、今後もバーチャル治験についての重要な情報を整理し、皆様へ紹介していきたいと思います。

参考資料

(1)Digital Health Times:バーチャル治験、知っていますか?〜臨床試験のDX〜

(2)Digital Health Times:日本における臨床試験へのオンライン診療の導入状況と今後の方向性

(3)米国食品医薬品局:FDA Guidance on Conduct of Clinical Trials of Medical Products during COVID-19 Public Health Emergency

(4)Clinical Trials Transformation Initiative:CTTI Recommendations: Decentralized Clinical Trials

(5)医薬品医療機器総合機構:医療情報のデータベース等を用いた 医薬品の安全性評価における薬剤疫学研究の実施に関する ガイドライン

(6)Digital Health Times:Apple Watch ECG appの国内承認から見る「医療機器プログラム」

(7)厚生労働省:新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について

(8)医薬品医療機器総合機構:新型コロナウイルス感染症の影響下での医薬品、医療機器及び再生医療等製品の 治験実施に係るQ&Aについて

(9)株式会社CureAppニュース: 進むデジタル療法、新しい治療はアプリで行われる時代へ アジア初、医師が処方する「治療用アプリ」が国内で誕生

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