令和4年度診療報酬改定の答申にあわせ、2月10日にMICIN Public Affairs部門で開催した記者勉強会。後半では医療法人社団法山会 山下診療所 理事長 山下巖先生をお招きして「オンライン診療の価値の変遷」をテーマにご講演いただきました。
コロナをきっかけに立ち上がった「オンライン診療の健全な推進を図る有志の会」
前回の記事(1)でも触れた通り、オンライン診療は2018年の診療報酬改定及びガイドライン策定に伴い、普及という観点では大きなブレーキがかかっていました。しかしながら2020年冬に始まった新型コロナウイルス感染症流行拡大をきっかけににわかに再注目されることとなり、医療現場にも患者にもオンライン診療をどう活用すれば良いのか、混乱が見られました。
そこで山下先生らの現場の有志の医療関係者たちを中心に「オンライン診療の健全な推進を図る有志の会」(2) が立ち上がりました。有志の会の立ち上げ直後はコロナ禍初期であったこともあり、SNS上での情報交換や、緊急提言の発信(3)、コロナをきっかけに急にオンライン診療というものを使用することになった患者さん向けの啓発動画配信(4)、新聞広告の掲載などが行われ、現在も研究会の開催など積極的に活動されています。
コロナ禍でのオンライン診療の推移
図2は、コロナ禍直前からの山下診療所におけるオンライン診療実施件数の推移と同時間軸での新型コロナウイルス感染症新規陽性者数の推移です。このグラフからわかるように、感染流行とオンライン診療の実施件数には相関傾向が見られます。特に、第6波となるオミクロン株の流行拡大では、ワクチン接種が広くなされたこともあり、若年層・軽症者が増えていることから、オンライン診療の予約・実施件数が急激に増加したとのことでした。
オンライン診療が普及し始めた初期は、オンライン診療が対面診療をとってかわってしまうのではないかと心配する声も聞かれましたが、実際にコロナ禍前からオンライン診療を実施してきた山下先生としては、患者側のニーズに則って、患者がオンライン診療を希望すればオンライン診療を、対面診療を希望すれば対面診療を、という対応をしていたため、オンライン診療が永続的に対面診療にとって変わることは決してなかったとのことでした。
なお、遠隔診療の普及が先行していると言われていた米国においても、コロナ流行をきっかけにオンライン診療の実施が一気に増加(コロナ流行前0.4%→第1波時13.0%→現在4.4%前後で推移)したものの、その後感染流行に合わせて実施件数が変動しており(5)、米国の状況をみても、オンライン診療が対面診療にとって変わっているわけではなさそうです。
オンライン診療と発熱患者対応
山下診療所では、現在、発熱患者の対応にオンライン診療を組み合わせたフローが取り入れられています(図3)。具体的には、発熱の患者から受診希望の連絡があった場合、オンライン診療で問診を中心に情報をとり、コロナの可能性を事前評価したうえで、対面診療への移行やPCR検査実施を行うことで院内感染のリスク低減が行われています。PCR検査の結果説明や自宅療養期間の助言、出勤/通学の再開などに関する注意事項についての説明やその後のフォローはオンライン診療で行われています。
一方、全ての患者が予約の上受診するわけではなく、直接来院する患者もいることから、山下診療所では、院内オンライン診療というフローも事前に検討の上準備していたとのことです。
発熱外来において重要なのは待合室の分離と、接触時間の最短化であり、オンライン診療を組み合わせることで、患者の院内滞在時間最短化が図れ、より多くの患者を対応できるということもオンライン診療を組み合わせるメリットであるという紹介がされました。
ただし、山下診療所でも最初からこの体制であったわけではなく、試行錯誤の末にこの体制に落ち着いたとのことです。
コロナ対策×オンライン診療の変遷
講演では、山下診療所の取り組みを含め、コロナ禍の中でオンライン診療がどのように使われていったかについて時系列で事例が紹介されました。
時限的特例措置実施前
2020年4月に発出された時限的特例措置前から、山下診療所ではコロナで不安に感じる患者に対してオンライン医療相談(自費)が行われていました。これは時限的特例措置前は、初診でのオンライン診療が認められていなかったためです。相談を希望する患者の大半は軽症者であり、医療物資が限られていた当時、オンライン医療相談が受診や検査を必要とする患者を見分けるトリアージの役割を担っていた、と山下先生は振り返っています。
また、医療的な相談だけではなく社会的な相談(社会復帰のタイミングなど)も多く、精神的な不安を軽減するというところにも役立っていたとのことでした。患者からの相談を医療機関が受けることにより、保健所への相談殺到防止にも寄与できうる対応と言えます。
時限的特例措置後の第1波
時限的特例措置が発出された直後の第一波においては、コロナ太りやフレイル防止、閉じこもりによる鬱症状の防止といった慢性疾患管理がオンライン診療のメインの活用方法となりました。
第一波当時は、重症化の可能性が否定できない新型コロナウイルス感染症に対するオンライン診療の活用はリスクが高いのではないかというという消極的な見解も多かった中、山下診療所では自宅療養の発熱患者へのアクセス確保としてもオンライン診療を活用していたとのことです。
現実問題として、保健所への相談電話窓口がなかなかつながらない中、病院受診も制限され不安を抱える患者にとって、オンライン診療はセーフティネットとなったという患者側からの安堵の声もありました(6)。
第5波以降
新型コロナウイルス感染症に関する知見が国内外で集積され、ワクチン接種も進み出した中での第5波では、オンライン診療の活用方法はさらに広がりました。PCR陽性患者(自宅療養)に対して保健所の健康観察だけに任せるのではなく医療的フォローをオンライン診療で行ったり、ホテル療養者へ活用し重症化の早期検出につなげたり(岡山大学救急科)、在宅診療の中でのオンライン診療の活用など、全国で様々なユースケースが増え始めます。
他方、患者の急増により、医療アクセスが困難な事例が生じた(現在も生じている)第5・6波ですが、その中で病院に連絡がつかなかったり対応困難と医療機関から断られたという理由で救急要請されるケースも増え、その結果搬送困難事例が増えたということも社会的な問題として明らかにされました。
山下先生のご経験例として、発熱した小児のために母親が救急搬送を希望したが、自宅にいる患者さんとオンライン診療を行い、状況から不搬送で問題ないと判断し、その後もフォローを続け、入院などになることなく症状が改善したという事例もあったとのことです。
社会不安の広がりとともに救急搬送の要請が増える中、搬送困難事例の中には、このようにオンライン診療でも十分対応可能な軽症例も含まれており、救急医療への負担を軽減するという意味でもオンライン診療が役に立つ部分があるのではないか、とのことでした。
医療機関の単位を超えたオンライン診療活用の事例として
第5波では自宅療養者が急増したことから、医療機関という単位を超えてオンライン診療を使用するケースもみられました。全国で先駆けとなったのは、「品川モデル」です。品川区では区医師会に所属する複数の医療機関が協力して自宅療養者へのオンライン診療を提供する形として、当社のcuron typeCを活用したオンライン診療の提供が開始されました(7)。
この品川モデルが注目され、東京都全体でも同様のモデルが採用され、現在の第6波でも活用されています(8)。また、その他地域でも第6波を想定して事前に同様のモデル構築が進み、例えば広島県では自治体が中心となりオンライン診療センターを立ち上げています(9)。このように医療機関という単位を超えた取り組みとしてオンライン診療の活用が行われたのは、災害医療という観点で注目に値するものであり、今後の一つのあり方を示したと言えます。
オンライン診療は万能ではない
ここまで、オンライン診療の成功事例について説明されてきた山下先生でしたが、もちろんオンライン診療は万能ではなく、苦手な部分も少なくありません。例えば、第5波では入院ができず自宅療養を余儀なくされた患者に対しての在宅診療が進みましたが、オンライン診療と在宅診療の組み合わせ・使い分けが試行錯誤されました。その中で、オンライン診療ではなく在宅診療の方が適切であるケースとして、
- 高齢者
- 認知症患者
- ADL低下している患者
- 発達障害を抱える小児
- 介護や養育の問題を抱えている方
などがあったと在宅診療を担当していた医師から報告されています。
在宅診療は実施する医療従事者側の負担も大きいことから、救急搬送と同様に、本当に必要な患者にリソースを集中させるためにも、今後もオンライン診療と在宅診療がうまく組み合わせ・使い分けられていくのだろうと考えられます。
コロナ禍後のオンライン診療はどうなるか?
感染封じ込め対策が行われ、ワクチン接種の推進、治療薬の登場により新型コロナウイルス感染症流行はいずれおさまることが期待されています。流行が落ち着いた後、オンライン診療はどうなるのでしょうか?コロナ禍をきっかけとしてオンライン診療の使用が一定進んだ中、オンライン診療の価値が改めて議論され始めています。
例えば以前から、通院時間や待ち時間の削減という量的効率化はメリットの一つであると言われてきましたが、それだけではなく「患者-医師コミュニケーション」の変化という意味で「患者視点」での診療の質の変化にも気づかされたと山下先生は言及しています。
医療機関の中で勤めていると、医療従事者からの視点に終始しがちですが、そもそも患者にとって診察室というのは緊張する環境です。患者が自宅からリラックスして受診できることで、診察室ではあまり聞けなかったような相談が引き出せていることは新たな気づきだったとのことでした。
さらに、様々なウェアラブルデバイスの出現により、様々な生体情報が取得できる世界が実現されつつあります。例えば、Apple社では自社のデバイスやアプリで集積される生体情報を用いて医学的エビデンスを作っていこうとする姿勢をとっています。それ以外にも、口腔内や耳、眼を診察できるガジェットの開発などは国内外で進んでいます。
記者勉強会での質疑応答
山下先生のご講演の後、記者のみなさんから以下のような質問がありました。
医療現場からみて、コロナ禍でも浸透しなかった理由はどこにあったのか?
(山下先生回答)普及の壁となった理由として診療報酬の話がよく出るし、実際にそれは大きな理由だと考えている。しかしながら、個人的な感触としては、診療報酬の観点も含めた行政や医師会のスタンスから「オンライン診療ってあまり推奨されていないんだな」というなんとなくの雰囲気が医療界で醸成されてしまったことが何よりも大きかったのではないか。
今回の診療報酬改定の影響の温度感について。オンライン診療を進める上での課題は診療報酬改定であり、今回の改定でほぼ解消されたと考えて良いか?疾患の制限が撤廃されたことで、今後医療機関がオンライン診療を使う例は増えていくだろうという理解で良いか?これまでオンライン診療を利用していない医師も利用するきっかけになるか?
(山下先生回答)診療報酬という意味では、対面と同等になって初めて意味のある「解消」となるのではないかと個人的には感じている。というのも、オンライン診療をするには、医師もこれまでの対面診療とは異なる準備が必要であり、それは手間もかかるもの。その手間の程度は個々の医療機関によって異なり、特に大きな病院では診療側が導入したくても事務方と調整するのは大変と聞いている。一方、今回の改定は間違いなくきっかけにはなるだろうし、利用してみようとする医療機関も出てくるのではないか。
診察デバイスに関して、こんなデバイスがあるとよい、こんな改良が欲しいという現場からの意見はあるか?
(山下先生回答)医療機関によっては設備は異なり、例えばCTなどの検査ができない医療機関もあるが、その条件でできる診療をするのが医師のあるべき姿だと考えている。一方で便利な機器が出てくることは歓迎している。例えば、血糖が非侵襲で持続的にモニタリングできたりするともっと面白いデータが集まるだろうし、それによって診断や治療のあり方も変わってくるのではないか。
コロナ禍では患者の受診抑制に伴う長期処方が増え、次期診療報酬改定ではリフィル処方箋が導入される。一方で、次期改定ではオンライン診療のハードルが下がり、評価も充実する。オンライン診療が普及すれば長期処方を回避でき、リフィル処方箋も必要なくなるといったことはないか?
(山下先生回答)リフィル処方箋はある意味、忙しい医療機関が薬局に処方の安全管理をアウトソーシングするという位置づけのようなものと理解している。リフィル処方はあくまでも次善の案だが、効率化が求められる社会的な流れとして止められないのではないか。オンライン診療はコミュニケーションが重視されるものであり、リフィル処方とは質が異なるものと理解している。
オンライン診療の価値の変遷
今回の記者勉強会では、実際にオンライン診療を活用されている山下先生にご講演いただきました。
解禁初期のオンライン診療では、例えば同じ処方のオンライン化といった「事務的な効率化」が期待されていました。その後、医療過疎、通院困難、感染、多忙な世代への医療提供といった「社会的課題の克服」としてオンライン診療が役立つのではないかと活用が模索され、今回のコロナ禍で「災害時のセーフティネット」という社会インフラとしての価値に光が当たりました。
今後のオンライン診療はどうなっていくのでしょうか?山下先生の講演の中では、新しい医師-患者関係という「オンラインならではの価値の発見」が紹介され、また新たなデバイス、IoT、AIとの連携という「対面診療とは異なる価値の創出」への期待が示されました。
講演の中で印象的だったのは、
やったことがないから不安と感じるのは当たり前。だが一度やってみると『こんなこともできるんだな』という理解が進んでいくのがオンライン診療です。
という山下先生のコメントでした。やらずして賛成反対と議論する前に、まずはやってみて、そこから初めて「どうやってよいオンライン診療が構築できるか?」という本質的な議論が始まるのかもしれません。
今回の診療報酬改定をきっかけに、オンライン診療に取り組む医療機関が増えることが期待されていますが、その中で、病診連携だけでなく、専門性の異なる開業医同士の「診診」連携もまた期待されます。例えば、講演の中で紹介された事例として、在宅診療で褥瘡のケアが必要な患者の診療に、他院の皮膚科の先生にオンライン診療で参加してもらうD to P with Dでの活用など、ユースケースは広がってきており、新しい価値の形成が始まっています。
参考資料
(1)Digital Health Times:【MICIN 記者勉強会】令和4年度診療報酬改定からオンライン診療を紐解く【前編】
(3)全国医療介護連携ネットワーク研究会:オンライン診療の健全な推進を図る医師有志による「新型コロナウィルスの流行下におけるオンライン診療活用に関する緊急提言」
(4)Youtube:オンライン診療の健全な推進を図る医師有志
(5)HEALTHCARE DIVE:COVID-19 drops out of top telehealth diagnoses in September even as virtual care use rises
(6)全国医療介護連携ネットワーク研究会:【事例取材#2】コロナ患者オンライン診療の記録~医師と患者が初診からICTでダイレクトに繋がるメリット~(前編)
(7)日本医事新報社:全国から注目、新型コロナ自宅療養者にオンライン診療提供「品川モデル」【まとめてみました】
(8)日本経済新聞:オンライン診療、東京全域で開始 約140人の医師が参加
(9)広島県:自宅等療養者対象 「広島県オンライン診療センター」