DVGから見えるドイツのデジタルヘルスへの期待

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昨年以降、日本でも医療機器に該当するプログラムを含めたデジタルヘルス製品の議論が活発になってきています。中央社会保険医療協議会(中医協)では医療機器プログラムに係る保険償還の在り方について、薬事・食品衛生審議会では医療機器プログラムの薬事承認審査の在り方についてそれぞれ議論が開始されています。

医療機器や医薬品の薬事承認・保険償還の議論は、日本における医療のあり方や国民の健康・安全を念頭に検討されるべきことが大前提ではありますが、一方で、新型コロナウイルスワクチンの開発・確保競争でも様々な指摘があったように、産業という側面を持っており、安全保障や産業育成の観点から「開発者にとって迅速に開発を進められる制度とは何か」という視点もまた無視できないものでもあります。

このような観点から興味深い事例として、2019年末に施行されたドイツのDVG(英表記:Digital Supply Act/Digital Helthcare Act)があります。今回の記事では、医療機器プログラムの制度設計をめぐる議論の中でもしばしば登場するこの法制度について、特に医療機器プログラムに関係する箇所を中心に概要を紐解きます。

DVGとは?

ドイツ語で「Digitale Versorgung Gesetz」と表記されるこの法律(英語では「Digital Supply Act」又は「Digital Helthcare Act」)は、2019年1月29日にドイツ連邦議会で採択され、同年12月19日に施行されました。この法律は、デジタルヘルスケアによる医療の向上についての幅広い政策パッケージ(表1)となっています。いずれの施策も大変興味深いですが、今回の記事では、その中でも「DiGA」を巡る薬事承認及び保険償還にフォーカスして解説します。

課題/現状ゴールアプローチ
・デジタルヘルスケアはドイツの医療を向上させる機会を提供しているが、現在の法的枠組みの下ではその機会を十分に活かしきれていない
・高齢化社会、慢性疾患患者の増加、熟練労働者の不足など既存の課題の解決のためにもより革新的な方法でアプローチしなければならないので適切な枠組み条件を作らなければならない
・これからの医療はよりデータに基づいて提供されると予想できるので、健康データの保護や研究に用いるためにデータの使い勝手を向上させなければならない
・医療のデジタル化に法を適応させるために継続的な立法調整が必要
・アプリやシステムを迅速に導入するためにテレマティクスインフラにより多くの医療従事者を参入させる
遠隔診療の利用を強化するために遠隔相談の拡大やビデオ相談の実施を簡素化する
・デジタル化による管理プロセスの簡素化をめざす
・健康保険会社にデジタル・イノベーションを推進する機会を増やす
・年間2億ユーロのイノベーションファンドを継続し、さらに発展させる
・イノベーションファンドのプロジェクトから、成功した事例を標準治療に移すための手順を作成する
・研究目的のための健康データのより良い利用性を可能にする
・患者がヘルスケアアプリをより迅速に利用できるようになる
・義務的なデジタルネットワークの構築
・オンラインビデオ診察の普及
・ペーパーレスへの強力な誘導
・医療制度の革新を促進するための大胆な資金的介入
・インターフェースの標準化
・医療サービス研究の向上
・ITセキュリティの向上
・データ保護にも配慮
・平等なデジタル化
表1:ドイツ連邦政府によるDVG草案解説を基に作成

ドイツにおける薬事承認と保険償還の概要

DiGAの前に、ドイツの医療機器薬事承認・保険償還の概要について簡単に確認しておきましょう。ドイツにおける医療機器の認可は欧州経済領域における認可に順じています。つまり、関係するEU指令に準じてCEマークを取得することによって、ドイツ国内で医療機器を流通させることができます。医療機器のリスククラスによって、CEマークの取得に必要なプロセスが異なるという点は日本と同様です。

また、ドイツにおける公的健康保険制度は、日本と同様に、多数の分率した保険者(疾病金庫、Krankenkasse)によって管理・運営されています。被保険者は収入と保険料率によって算出される保険料を疾病金庫に納め、自身が医療行為を受けた場合、当該医療提供者には自身の疾病金庫からその対価が償還されます。日本とは異なり、被保険者は自分で加入する疾病金庫を選ぶことができます。疾病金庫から医療提供者に対して償還される価格は、日本と同様に法律の規定により一律に定められています。

これらの制度、特に公的健康保険制度の詳細な相違は、機会があれば別の記事で改めて。

DiGAとは

DiGAは、ドイツ語の「Digitale Gesundheitsanwendungen」の頭文字を取って表記される概念で、英語では「Digital Health Applications」、日本語では「デジタルヘルスアプリ」に該当するものです。このDiGAに含まれるデジタルヘルスプロダクトについては、薬事承認と保険償還の双方において通常の医療機器とは異なる特別な制度が用意されており、ドイツ連邦政府がDiGAを一つの産業として期待していることが垣間見えます。DiGAの要件は表2のとおりです。

DiGAとなるための要件
i) リスククラスIまたはIIaの医療機器
ii) 機能がデジタル技術に基づいており、医療目的がそのデジタル機能によって達成される
iii) 病気の認識、監視、治療または軽減、または怪我や障害の認識、治療、軽減または補償をサポートする
iv) 患者が中心となって使用する
表2:DiGAとなるための要件

まず、i) の要件について、ドイツにおける医療機器のリスククラス分類はEUのクラス分類に従っており、日本ではいわゆるクラスⅠ及びクラスⅡ相当の医療機器となります。(※日本ではクラスⅠ相当のプログラムは医療機器の定義から除外されているため、相違がある点については注意が必要。)

ii) 及びiii) の要件では、それぞれ、デジタル技術が補助的な役割にとどまる場合や、デジタル技術が直接的に疾病の治療に寄与しない場合(例えば、医療提供者による診断、治療の補助をするにプログラム)は除外されます。また、iv) の要件については、患者が単独で使用することも、患者と医療提供者が一緒に使用することも可能とされていますが、患者が使用し、患者に直接に働きかけるプロダクトであることが要求されており、iii) とiv) の要件とあわせて、いわゆるDTx/デジタルセラピューティクス(Digital Health Times「禁煙治療用アプリ」CureApp SCが保険償還されたこととその意味参照)を意識した定義づけがなされていることがわかります。

DiGAディレクトリへの登録

DiGAが医療提供者による処方の対象となるためには、そのデジタルプロダクトが「DiGA ディレクトリ」に追加される必要があります。DiGA ディレクトリに追加されるためには、大まかには、

  1. DiGAの登録に必要な一般的要件(DiGAV)を満たしていること(DiGAV:安全性と使用適正、データ保護、情報セキュリティ、相互運用性等)
  2. DiGAが医療目的に関する有効性を有していること

の2つが必要となります。

データ保護がDiGAVの審査項目に上がっていることや情報セキュリティの審査があるという点は留意すべき点です。特に、後者については、審査時点でのセキュリティの十分性を審査するだけでなく、承認後にもセキュリティレベルの継続性を確保するために、すべてのDiGAに対して一定の運用管理体制を確立することが求められています。

また、相互運用性に関しては、DiGA を介して収集されたデータの治療関連のサマリーを人間が読めて印刷可能な形式でエクスポートできることや、患者が DiGA から収集したデータを機械読み取り可能な形式でエクスポートできるようにすることを承認段階で要求することで、患者のデータに対するアクセス権を担保し、過剰なロックインを防止使用としています。

DVGの注目すべき点として、DiGAディレクトリへの「暫定的」追加という制度を実験的に取り入れていることがあります。つまり、1. の要件を満たすDiGAについては、2. の有効性を証明するための試験や調査が実施されていない段階であっても暫定的な追加を申請することが可能で、暫定的追加後最長12ヶ月間、実臨床において使用し、リアルワールドデータを用いて有効性を証明するための試験を実施することができます。

DiGAの保険償還

では、DiGAディレクトリに(暫定的に)追加されたデジタルヘルスプロダクトについて、その製造者はどのように支払を受けることができるのでしょうか。

製造者への支払の原資は公的医療保険となり、この点については日本において保険償還の対象となる医療機器プログラムと同様ですが、特徴的なのは公的医療保険からの支払対象の範囲とその償還価格です。

まず、公的医療保険からの支払対象となる範囲は、DiGAディレクトリに追加された全てのデジタルプロダクトです。これには上述の暫定的追加も含まれますので、臨床上の有効性が証明されていないデジタルプロダクトについても公的医療保険による支払の対象とされることになります。 

また、その償還価格についても、ディレクトリへの追加後1年間は、原則、製造者が自身で決めた価格に基づいて償還されます。2年目以降の価格は、製造者と法定健康保険基金中央会との間で交渉して決定されることになり、製品登録後1年以内に償還金額について合意できなかった場合は、3ヶ月以内に仲裁委員会が価格を決定することとされています。図1がドイツ連邦保険省のガイドブックに掲載されている保険償還のスキームです。

図1:ドイツ連邦保健省ガイドブックより抜粋

DiGAの実例

DVG施行から1年あまりが経過し、ドイツにおいては同法の下で数多くのアプリが社会実装されました。2021年7月18日現在、ディレクトリに追加されているDiGAは表3のとおりです。一方、日本においては、疾病の治療に用いられるプログラム医療機器として保険償還の対象となっているのはCureApp SCのみです。(なお、CureApp SCはハードウェアであるCOチェッカーとのセットの製品ですので、ドイツにおいてはDiGA対象とはなりません。)

製品名会社名適応症登録日価格 (Euro)登録方式
Kalmedamynoise GmbH耳鳴り2020/9/25116.97暫定的追加
velibraGAIA AGパニック障害2020/10/01476本追加
somniomementor DE GmbH不眠症2020/10/22464本追加
ViviraVivira Health Lab GmbH腰痛・膝痛・股関節痛2020/10/22239.97暫定的追加
zanadioaidhere GmbH肥満2020/10/22499.8暫定的追加
InvirtoSympatient GmbHパニック障害2020/12/03428.4暫定的追加
elevidaGAIA AG多発性硬化症2020/12/1543.75本追加
M-sense
Migraine
Newsenselab GmbH片頭痛2020/12/16219.98暫定的追加
Selfapy’s Online Course on DepressionSelfapy GmbH2020/12/16540暫定的追加
RehappyRehappy GmbH脳卒中の方のアフターケア2020/12/29449暫定的追加
deprexisGAIA AG2021/2/20297.5本追加
MikaFosanis GmbH子宮頸がん、子宮がん、卵巣がん2021/3/25419暫定的追加
Mindable: Panic Disorder and AgoraphobiaMindable Health GmbHパニック障害、広場恐怖症2021/04/29576暫定的追加
CANKADO PRO-React OncoCANKADO Service GmbH乳がん2021/05/03499.8暫定的追加
vorvidaGAIA AGアルコール依存症等2021/05/06476本追加
Selfapy’s Online Course for panic disorderSelfapy GmbHパニック障害2021/6/19540暫定的追加
Selfapy’s Online Course on
Generalized Anxiety Disorder
Selfapy GmbH全般性不安障害2021/6/19540暫定的追加
Non-smoking Hero appNon-smoking Hero app禁煙2021/7/3239暫定的追加
Esysta – Digital diabetes managementEmperra GmbHI型及びII型糖尿病2021/7/4249.86暫定的追加
表3:DiGAディレクトリに登録されている製品

日本との比較と示唆

ここまで、DVGの中でもDiGAをめぐる制度の概要や、実際に制度の下で社会実装されたアプリの実例をお示ししましたが、いかがでしたでしょうか?大まかではありますが、議論の参考になるよう、これまでの議論に米国を加えて、表4に各国のデジタルヘルス政策を少し大きな視点で比較してみました。

日本ドイツアメリカ
政策名DASH for SaMDDigital Healthcare ActDigital Health Innovation Action Plan
薬事承認デジタルヘルスに特化した薬事承認スキームについて、厚生労働省において検討中安全性・データセキュリティ・品質の規格を満たせば暫定的に薬事承認(有効性の評価は承認時には不要)Precertification Programという事前認証の実証中
個別の製品ではなく、開発企業の会社として安全性・データセキュリティ・品質の体制を評価する
将来的には低・中リスク製品について個別製品の審査を省略することを目指す
保険仮償還なし暫定的に保険償還し、上市後一年間で有効性データを収集なし
保険償還公的保険制度
保険償還の中で評価された製品はごく一部に限られる
デジタルヘルス製品の保険上の評価の在り方について中医協において検討中
公的保険制度
上市後に収集されるデータを安全性・有効性評価に活用し、保険償還を目指す
主に民間保険
市販後に収集された有効性データを基に交渉により償還価格を決定する
表4:日米独のデジタルヘルス政策比較

個別の制度や社会実装されているアプリの数に比較的顕著な違いがみられる一方、その前提となる基盤的な社会制度や産業構造等、これらの違いを説明するうえでまだまだ検討しなければならない要素は多いように感じられます。

とはいえ、日本はドイツと同じように国民皆保険の国(そもそも日本の社会保障制度はビスマルク時代のドイツの制度にかなり強い影響を受けて作られています)で、例えば、民間保険が大半を占めるアメリカと比べても、社会制度の基盤レベルでは共通する部分も多いように思われます。

また、実際の制度の詳細や使い勝手はもちろん、有望なデジタルプロダクトの開発者や製造者を惹きつけるためには、パッケージとしての政策を打ち出し、大胆な施策を国際的にアピールすることも、医療業界の国際的な産業競争や、ひいては安全保障といった観点から、十分検討に値するように思われます。

最後に

政策や制度の策定やアップデートにおいて、海外との比較やその取扱いは常に悩ましいところです。特に医療・ヘルスケア領域においては、どの国においても前提となる社会制度が複雑に相互作用しており、一部の政策をそのまま導入することは現実的ではない場合も多く見られます。

とはいえ、より良いプロダクトやサービスの獲得競争や国際協調という観点からは、他国の制度との整合性や、規制環境として劣後していないという国際的な認識が重要であることもまた事実としてあり、社会制度の違いを踏まえても、海外の政策から学ぶべきところがあるか、という視点をもった議論が望まれます。

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