治験における「同意」の遠隔化

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新型コロナウイルス感染症(以下「COVID-19」という。)が世界的な社会問題となって早くも1年半が経ちました。この間、類を見ないスピードでワクチンが開発され、国内でも接種が開始され、国内でも接種が進む中で、流行収束への期待が高まっています。一方で、未だ移動制限などが続く中、分散型臨床試験(Decentralized Clinical Trial、以下「DCT」という。)の試みは依然として注目されています。今回の記事では、治験における様々なプロセスの中でも重要な一つとなる「説明同意プロセス」の遠隔化、remote consentについて考察していきます。

そもそも「説明同意プロセス」とは?

医学研究における説明同意行為は、1964年のヘルシンキ宣言(1)からその必要性が謳われており、現在の国内における治験についてはGCP省令(2)においてより詳細なルールが規定されています。

治験への参加を検討する被験者に対し、治験の目的、方法、参加期間やリスクといった内容を網羅した文書を用いて説明した上で、被験者の自由意志により参加の同意を得る行為が「説明同意行為」です。この説明同意のプロセスは、全ての治験において必須であり、多種多様な試験デザインが登場している中でも不変のプロセスの一つになります。

したがって、治験における様々なプロセスのde-centralizationを考えるDCTの中でも、説明同意プロセスをde-centralizedの検討は避けられず、その手段として、説明同意プロセスの遠隔対応はより汎用的に多くの治験へ展開できる可能性のある試みと言えます。説明同意の遠隔対応により、表1のような効果が期待されています。

表1:Remote Consentによる主な期待効果

それでは、この「説明同意の遠隔対応」について、どのように実現方法を考えていくのがいいでしょうか。GCP省令には、説明同意に関する詳細な規定が盛り込まれており、主なポイントを以下の3つです。

被験者へ説明すべき「内容の正確・十分な伝達」

被験者本人による「理解」と「自由意志に基づく同意」

「同意の記録」と被験者への「写しの提供」

GCP省令 第四章第四節 被験者の同意(第五十条―第五十五条)より

この要件を満たすことを常に考えながら、これを大前提とした上で、次に方法論として「遠隔での実施をするにはどのような手段があるか」について整理していくことになります。

表2:説明同意プロセスの遠隔対応

遠隔対応の手段はどのようなものがある?

それでは、方法論として「遠隔」での同意説明プロセスを考察していきましょう。同意プロセスをは以下の図のように4つ(ICF閲覧、説明行為、説明補助、署名)に分解が可能と考えられます。各プロセスにおいて取りうる主な遠隔対応手段を表3にまとめます。

表3:説明同意プロセスの分解

遠隔対応手段の各選択肢を支えているのは、同意説明プロセスの根幹となる「説明行為」を遠隔で行う対応手段であり、その大きな選択肢として「ビデオ通話による説明」があります。現時点では、医師による説明行為の代替手段となりうるような確立された手段はまだありませんが、遠隔で医師が直接説明するビデオ通話による説明は基本選択肢となるでしょう。

そして、お気づきの通り、「紙文書郵送」「紙同意文書郵送」といったアナログな手法が入ってきています。「遠隔化」は、所謂eConsentの手法である「電子データやマルチメディア(動画など)の活用」に限らず、実は「文書の郵送返送」といったアナログな方法でも実現可能です。遠隔対応を考える上で、電子的PDF閲覧といったデジタル技術の活用はまず最初に思いつくものではあるものの、新たなシステム導入検討や準備などが必要にもなることから、遠隔対応を速やかに進めたい場合においては、アナログな紙文書のやり取りを活用する手段の方が、実現性は高いものと考えられます。

一方で、なんのために遠隔対応を導入するのかを考えれば、その大きな理由の一つは治験業務の効率化であるはずです。アナログなやり方では現場のオペレーションに発生する負荷(非効率さ)を軽減していくことは難しいでしょう。中長期的に見れば、デジタル技術を活用したeConsentの仕組みにおける利点は大きく、遠隔同意を取り入れていく検討や準備が必要と考えます。

なぜ、遠隔でのeConsent活用が進まないのか?

ここまで、遠隔同意プロセスを実現しうる手段の選択肢、そしてeConsentの重要性について触れました。それでは、実際に国内治験におけるeConsentを活用した遠隔同意の現況はどのようになっているのでしょうか。

日本製薬工業協会(以下、「製薬協」という。)が2020年に発出したレポート「医療機関への来院に依存しない臨床試験手法の導入及び活用に向けた検討(2020年9月)」(3)における調査結果によると、残念ながら、患者への治験の説明や同意署名は基本的に治験実施医療機関で対面で行われており、遠隔では実施されていない状況がうかがえます。

その理由について調査結果を読み解くと、「遠隔での電子署名時における本人確認手段が構築できていない」ことが大きな要因であることが分かります。GCP省令 第52条において「被験者となるべき者」本人による記名押印または署名が求められていることから、これまで遠隔ではこの「本人確認」という課題を乗り越えられてこなかったことから、医療機関において”対面”で直接の本人確認をして同意取得を行うという試みに留まっていたものと思われます。

遠隔同意のための「本人確認」

デジタル技術eConsentの仕組みを活用した遠隔説明同意を推進していくために、「署名時の本人確認」という要素が一つの重要な課題であることが見えてきました。この「署名時の本人確認」について更に考察を深めるため、まずは海外情報も確認してみましょう。

米国食品医薬品局(以下、「FDA」という。)は、臨床試験におけるeConsentの活用についてのガイダンス(4)を2016年に既に発出しており、その中では、リモート環境下でのeConsentを活用した説明同意実施についても言及しています。

そして当ガイダンス内のQ2において、「遠隔での対応の場合、電子署名する人が被験者本人かを確かめる手段を必ず含めること」と明記されており、更に、当該手段について「本人確認証の提示・確認」が事例として取り上げられています。つまり、何かしらの方法で「本人確認証(運転免許証など)」を提示するプロセスにて本人確認を経た電子署名対応であれば、FDA規制下の臨床試験で認められていると理解できます。

昨今、オンライン診療の普及加速により治験におけるビデオ通話機能でのオンライン診療活用にも目が向けられ始めましたが、既述の通り「医師による説明行為のビデオ通話による遠隔化」は遠隔説明同意プロセスにおいてベースになると考えます。そして、このビデオ通話時において本人確認証の確認を経た上で電子署名による同意記録を行うことで、FDAが求める「本人確認」は満たせると考えられ、国内における取り組みにも活かせる手段となります。

電子署名の「真正性」

国内では、「電子署名及び認証業務に関する法律(平成12年法号)」(5)、所謂「電子署名法」において『本人による一定の要件を満たす電子署名が行われた電子文書等は、真正に成立したもの(本人の意思に基づき作成されたもの)と推定される』ことが明確にされています。

「本人による一定の要件を満たす電子署名」とは何なのでしょうか。実はこの「一定の要件」について、電子署名法第3条Q&A(6)が2020年9月4日に発行されたことにより大きな変化がありました。

これまでは、「認証局により発行された電子証明書をもって本人の担保が取れる」と解釈されていた電子署名法第3条が、上記Q&Aの発行により「認証局による手続きを不要とし、(例えば二要素認証のような仕組みを活用する)事業者の署名鍵を用いるサービスで本人の担保が取れる」と変わったのです。つまり、電子署名法上の必要な要件を満たしている事業者による電子署名サービスを活用することで、電子署名スキームそのものにおける本人確認性が担保できるのではないかと考えられます。

したがって、前項の「ビデオ通話による本人確認証の確認」だけでなく、「電子署名行為自体でも本人による署名の真正な成立が推定される手段」も併用することで、遠隔同意における本人担保がより確実なものになると考えられます。

国内規制におけるeConsentの現在

ご周知の通り、治験は「GCP省令」に基づき実施されます。そして、治験および臨床研究法対応の研究を除く医学系研究は、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(以下、「倫理指針」という。)」(7)に基づいた実施が求められています。

この倫理指針は今年2021年3月23日に発出され、新たな記載項目として「同意プロセスにおいて電磁的方法(デジタルデバイスやオンライン等)を用いることが可能である旨、その際に留意すべき事項」についての規定が明記されました。この新設された規定においては「本人確認を適切に行うこと」が定められているものの、その具体的な基準については触れられていません。しかしながら、医学研究に関する国内規制において「電磁的方法による説明同意の実施の許容」が明記されたのは今回の改訂が初めてであり、今後は治験や臨床研究における展開も期待されます。

国内規制の整備に対する要望と先行事例を増やすことの重要性

ここまで、遠隔同意の実現について考察をしてきました。なぜ現在このような根本的なプロセス考察が必要になっているかというと、治験における遠隔同意(eConsentの活用含む)に関する国内規制が十分に整備されていないことが挙げられます。そのため、現状は個々の製薬企業や医療機関などの治験主導者は治験における遠隔同意の受け入れ可能性や具体な導入プランをゼロベースで想定及び検討していく必要がある状況になっています。

規制の整備が進むほど、遠隔同意の受け入れ可能性や留意点などが明確になり、国内治験における遠隔同意の普及が進むことが期待されます。しかしながら、新しい試みに対する規制を整備するには、導入事例からのフィードバックなど、ある程度の量の検証情報を踏まえないことには適切な規制整備ができないという課題もあります。

今回の記事では、DCTの中でも期待される部分の一つである遠隔同意というについて考察しましたが、遠隔同意の推進のためには、治験実施者側における検証を積み重ねるチャレンジと、規制当局含む業界内でのコラボレーションによる規制整備が非常に重要と考えられます。

そのチャレンジのきっかけとなるような情報を、少しでも本記事において提供できていればと思います。

参考資料

(1)日本医師会:ヘルシンキ宣言

(2)PMDA:医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令

(3)製薬協:医療機関への来院に依存しない臨床試験手法の導入及び活用に向けた検討

(4)FDA:Use of Electronic Informed Consent Questions and Answers

(5)総務省:電子署名及び認証業務に関する法律の施行(電子署名法)

(6)経済産業省:利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法3条に関するQ&A)

(7)厚生労働省:研究に関する指針について

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