皆様、少し遅めではありますが、あけましておめでとうございます。今年もDigital Health Timesをどうぞよろしくお願いいたします。
2022年最初の記事では、規制改革推進会議で議論された「DCT」について取り上げます。「DCT」ときいて、何を思い浮かべるでしょうか。DCTとは「Decentralized Clinical Trials」のことで、日本語では分散型臨床試験/分散型治験とも訳されますが、「来院に依存しない臨床試験」のことを指します。あまり聞き慣れない方も多いと思います。
当メディアにおいても、過去幾度か「バーチャル治験(virtual clinical trial)」や「remote consent」という表現を使って、DCTに関連した記事をご紹介しました(1)が、なかなか世に浸透していない概念なのではないでしょうか。
しかしながら、そういった中、令和3年11月17日に行われた規制改革推進会議第5回医療・介護ワーキンググループ(以下「第5回WG」という。)にて、「治験の円滑化」という名目で「DCT」という表現が多用されました。他の政府会議体ではほとんどDCTという表現は出てきていなかったので、初めて大々的にDCTへの注目が集まる機会になったのではないかと思います。今回の記事では、同会議にて行われたDCTに関する議論について考察しながら今後の展開について考えていきたいと思います。
そもそもDCTって何?
そもそもDCTとは何なのか?という方もいらっしゃると思います。以前の記事(1)でも少し触れましたが、今回の第5回WGのアステラス製薬株式会社(以下「アステラス社」という。)提出資料(2)の3〜4ページ目が理解し易いので抜粋・掲載します。
DCTは、治験をデジタルツールを活用して効率化することにより、被験者、実施医療機関、開発企業それぞれの視点で様々な肯定的可能性があることが期待されています。
例えば、患者さんの視点で見ると、治験の一部をオンラインや訪問等に置き換えることにより、来院に依存しない患者中心の様式を実現し、治験実施医療機関が少なく遠方のため来院が困難な希少疾患の患者さんなど、これまで治験にアクセスできなかった患者さんに対する参加機会の提供、通院負担の軽減による参加機会の拡大、治験からの脱落防止などをもたらします。
DCTはすでに海外では広く使用されている治験手法になります。海外で早く普及した理由は、国土の広さ、医療アクセスの難易度など様々な理由が考えられます。2020年から世界的な問題となったコロナ禍においても、DCTを活用したことで、継続できた治験もあったと言われています。
DCT普及に向けた課題とは?
第5回WGでは、有識者として、アステラス社と一般社団法人日本 CRO 協会(以下「CRO協会」という。)が参加し、意見陳述が行われました。アステラス社からは「治験に関する環境整備について」と題して、以下4つの要望がなされています。
1. 非対面および遠隔での治験説明および同意取得
2. 治験薬の自宅への配送
3. 治験における訪問看護活用機会の拡大
4. 治験届の紙媒体および電子媒体提出の廃止
また、CRO協会からも「治験の円滑化について」と題して、以下4つの要望がなされました。
1. 治験における同意取得等のプロセスのオンライン化
2. 被験者宅への治験使用薬の直接配送
3. 治験に関わる業務についての医療従事者の労働者派遣
4. 治験届の提出手続の簡素化(治験届の提出に関する紙媒体・電子媒体の郵送の不要化)
第5回WGでアステラス社、CRO協会ともに要望している事項の中身はほぼ同じで、「治験届出の手続」関係以外の要望は、DCTの導入・普及に資するものでした。治験をワークフローで因数分解してみると、図3のように、DCTの活用方法は実に様々あることが分かりますが、この中でも特に、DCTの導入・普及に向けて考えられる4つの課題について、今後どのように議論が進んでいくのか整理します。
治験における同意取得等のオンライン化
まず、治験における同意取得等のオンライン化についてです。
治験を実施する前に、治験実施責任医師が患者に治験の内容を話した上で、同意を取得しなければならないとされています。通常この行為は対面で行われていますが、このプロセスを電磁的なツールを使用してオンラインでも実施できるようにすべきではないかという提言です。
こういった治験の同意取得については、医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(以下「GCP省令」という。)(3)に準拠する必要がありますが、対面で行わなければいけないという記載はなく、制度上不可能ではありません。しかし、治験を実施する上で同意取得行為は極めて重要なプロセスであり、オンライン等で行った場合の本人確認をどう行えば問題がないか等、民間事業者ではその実施可否を適切に判断できない課題があり、同意取得等のオンライン化が進んでいないのが現状です。治験実施医療機関が躊躇なく実施できるようにガイダンスやQ&Aを整備し、実務上留意すべき点の明確化が必要です。
会議に出席していた制度所轄官庁の厚生労働省からは、
・非対面での同意取得プロセスを含め、オンライン技術を用いた国内外の治験のやり方、各国のガイダンスあるいは留意点などについて調査を行っている
・調査結果を踏まえ、ガイダンスの策定を行う
という旨の説明がなされましたが、追加として第5回WGに関する委員・専門委員からの追加質疑・意見として、令和3年12月6日第6回医療・介護ワーキンググループ(以下「第6回WG」という。)事務局提出資料に、令和4年度中にガイダンスを策定する旨の記載(4)があり、今年度中に制度設計がなされる見込みです。
治験薬の自宅への配送
次に、治験薬の自宅への配送についてです。
通常、治験薬については、治験実施医療機関で処方・調剤され、医療機関内で患者さんにお渡しされます。仮に治験薬を配送するとした場合であっても、治験薬の管理責任については治験実施医療機関にあるため、治験実施医療機関が配送の依頼を外部委託することにより行われています。
つまり、現在の制度下においては、一度治験実施医療機関を介して治験薬が患者さんのところまで届くようになっています。治験依頼者(製薬企業など)の治験薬保管庫等から被験者の自宅への直接配送に関しては明文化されておらず、直接配送の可否は不明確となっているため、考え方等の明確化が必要です。
この点について、厚生労働省からは、
・GCPで担保すべき
・海外における取扱いの状況などを調査した上で、できる場合においてもどういうところに留意すべきかといったところを検討して対応を考える
という旨の説明がされていましたが、それ以上の情報を得ることはできませんでした。
今後、DCTが普及した場合、DCTの手法を採用した治験に参加する患者さんに対し、医療機関は個別の対応が必要になるので、医療機関の間接的な管理業務を残したまま、実際の薬の配送を治験依頼者から患者さんへ直送できるようになることは医療機関の負担を減らす上で大きな要素になります。
治験における訪問看護活用
3つ目は、治験における訪問看護活用についてです。
今後DCTの普及に伴い、治験実施医療機関の医療従事者に治験のため患者さん宅に訪問看護を行うという新たな業務が発生すると考えられます。しかしながら、通常業務を実施している中で、医療機関の看護師が治験の訪問看護を実施するというのは業務逼迫等で難しい場合も多くなることが推測されます。そこで、現在労働者派遣法の禁止業務である看護師等による訪問看護を治験に限定して認めることで、この課題を解消できるのではと考えられています。
WG委員からは、「制度上の整理も然るべくではあるが、そもそも看護師の確保をどのような対応で行っていくべきかを厚生労働省で検討すべき」、という指摘もありました。
その後、12/6に開催された第6回WG事務局提出資料(5)において、「医療機関が直接雇用する看護師以外の看護師を被験者宅に訪問させるにあたって、どのような場合が労働者派遣法に抵触し、どのような場合が労働者派遣法に抵触せず可能なのか」という委員からの質疑に対し、厚労省からは
・労働者派遣に該当するかは、実態に基づき判断されるものであるが、SMOや訪問看護ステーションの看護師が、雇用主以外の者の指揮命令を受けて、当該雇用主以外の者のために業務に従事する場合には、労働者派遣に該当することとなる。
・看護師が行う医療関係業務については、就業場所がへき地にある場合や紹介予定派遣の場合を除き、労働者派遣を行うことが禁止されている。
・一方、SMOや訪問看護ステーションに雇用される看護師が、治験実施医療機関の指揮命令を受けることなく、治験実施医療機関の医師の指示の下、被験者の居宅において診療の補助等を行うことは、労働者派遣法に抵触しない。
という回答がなされました。看護師の確保という課題はまだありますが、治験における訪問看護が認められたことは、DCT普及に大きく寄与すると期待されます。
DCTにおけるオンライン診療の活用
最後に、第5回WGでの議論では特段言及はされていませんでしたが、第6回WG提出資料(5)において、DCTに関する内容として、治験におけるオンライン診療の活用についても提示されています。
治験におけるオンライン診療の活用については、2020年に医薬品医療機器総合機構から発出されている「新型コロナウイルス感染症の影響下での医薬品、医療機器及び再生医療等製品の治験実施に係るQ&Aについて」(6)で触れられているものの、その恒久化については今まで触れられていませんでしたが、「治験において適切に行われるオンライン診療については、実施して差し支えない」と明確にされ、これもDCTの普及の後押しになりそうです。
必要な人に必要な医療を届けるために
今回、DCTを実現をする上で障壁となっている規制に着目してまとめましたが、何がなんでも全ての治験をDCTで実施すべきと言うスタンスで、DCTを普及させなければいけないわけでは決してありません。それぞれの医薬品/医療機器の性質、また治験の目的に合わせて、DCTがそのプロトコルに適合するものかどうか、安全性等を十分に鑑みた上で導入されるべきだと考えます。
一方で現在、国内の医薬品開発環境の問題から、改めてドラッグ・ラグ問題が指摘され始めています(7)。DCTはそれを解決する手段の一つでもあり、このまま日本のDCTの導入・普及が進まない状況が続くと、将来的には国際共同治験への参入障壁となり、新薬の承認申請が他国に比べて遅れてしまうリスクもあり、その結果最新の治療が患者さんのもとに届かないということも生じ得ます。海外に遅れをとらないよう、必要な医薬品を必要な人に一早く届けられるよう、速やかな制度設計が期待されます。
参考資料
(1)Digital Health Times:バーチャル治験、知っていますか?〜臨床試験のDXについて〜
(2)内閣府:規制改革推進会議第5回医療・介護WG 資料1-2 治験に関する環境整備について
(3)PMDA:GCP省令
(4)内閣府:規制改革推進会議第6回医療・介護WG 事務局提出資料
(5)内閣府:規制改革推進会議第6回医療・介護WG 議事次第
(6)PMDA:新型コロナウイルス感染症の影響下での医薬品、医療機器及び再生医療等製品の治験実施に係るQ&Aについて
(7)日本経済新聞:製薬協会長「ドラッグラグの兆し」 欧米薬国内投入遅れ(2022年1月20日)