SaMDシリーズ⑦
2020 年 12 月、ジェネリック医薬品メーカーである小林化工社が製造する抗真菌薬(水虫治療薬)に睡眠導入薬が混入するという事件が起こりました。当該製品を服用した患者2人が死亡した他、200 人を超える患者被害が報告(1)されており、原因究明のため厚生労働省、福井県、PMDA による立ち入り調査が行われました。その結果、厚生労働省は、小林化工に対して116日間という業務停止命令の処分を下す方針であると報道(2)されています。また、これまでの経緯からこの製品にとどまらず他の製品においても製造工程や品質の不備が発覚し、12成分21製品の自主回収に至っています。(3)
この事件が生じた直接の原因は、製造の過程で、承認外の原料追加作業を実施したことです。また、その追加した原料がこの製品で使用すべきものではなく、睡眠導入薬の製造で使用する原料と取り違えられ、さらには2人でチェックすることも怠ったと報道(4)されています。いずれも製造法が開発・確立された後の商業生産中に起こった事例です。
今回の出来事は「有体物」である医薬品の製造工程において生じたものでした。一方で、プログラム形態をとる医療機器プログラム(以下、「SaMD」という。)は「無体物」であり、物理的な製造工程がありません。しかしながら、今回の小林化工における品質問題は、SaMDの品質を考える上で対岸の火事かというと、そんなことはありません。ヘルスケア領域の製品を生産するという意味では医薬品も医療機器も、医療機器のひとつであるSaMDもかわらないからです。
ヘルスケア領域の製品の品質保証はどのように担保されているか?
ヘルスケア領域の製品の品質保証にはどのようなことが求められるのでしょうか。前述の通り、今回の件では、もともと定められていた製造工程にはない「原料追加」という承認外の工程が途中で行われていました。各種報道によると、原料追加は有害事象を引き起こしたバッチ以外でも、以前から繰り返し行われていたようです。そこには、「原料を追加しても、最終製品となる医薬品の『品質試験』結果には影響しない」という現場の潜在的な意識があったのかもしれません。(バッチ:品質が同等であるとみなせる製品のひとつのまとまりのこと。ソフトウェアの開発において一連の処理を「バッチ処理」というので、それと通じるところがある。)
品質試験とは、最終製品となる医薬品や医療機器を研究開発を通じて積み重ねられたデータに基づいて、抜け漏れのないように多くの試験項目が設定され、そのすべてに対して試験方法と合格基準が設定されます。長い研究開発の過程で、様々な品質リスクが想定され、その品質影響について(時には実験も合わせて)詳細に検討されていきます。
今回の事例において、「品質試験が実施されたのになぜそこで異変をキャッチ出来ずに出荷してしまったのか?」という疑問を持つ人もいるかもしれません。しかし、品質試験はあくまで規定された工程で製造された製品の品質を評価するためのものであって、承認外の工程が行われればその影響は想定されておらず、測ることができるとは限りません。
今回のように承認外の工程として原料追加が行われたのであれば、品質試験に合格しても不思議ではありません。もし、製造現場の作業員(あるいは製造の管理者かもしれないし、品質管理の責任者なのかもしれません。)が、「原料追加しても品質試験に合格すれば品質に問題はないだろう」と考えていたのだとしたら、それは大きな問題といえます。(※今回の事例では、必ずしもそうではないようです。)
SaMDは「QMS」 による品質マネジメントの下で開発される
さて、冒頭に述べた通り、ヘルスケア領域の製品であるSaMDにおいても品質の管理は必要であり、SaMDの開発にも、品質試験の一環として、結合テストや総合テスト(システムテスト)などの試験が行われます。しかし、これらのテストには限界があるため、すべての品質問題を検出できるわけではない、ということは広く認識されています。プログラムは、設計開発工程と実装で品質を作り込んでいくことが求められており、そのためのマネジメントシステムが必要です。例えば、
- 製品に求められる仕様が明確にされ、設計と実装を通じてエンジニアが知識と技術を駆使してソフトウェアを作る。
- テストに精通した職員が検証を行い、品質の責任者とトップマネジメントがそれらの活動を監視する。
- 製品がリリースされた後も情報収集し、問題があれば情報公開して品質を改善する。
といったように、製品に関わる全員が責任をもって行動することが求められます。そのためのシステムが医療機器の品質マネジメントシステム(Quality Management System 、以下「QMS」という。) です。
医療機器QMSは、ISO 13485 (「医療機器ー品質マネジメントシステムー規制目的のための要求事項」)という国際規格があり、日本ではそれを取り込む形で2004年に薬事法が改正された際、 QMS 省令(厚生労働省令第百六十九号)(5)として法的に定められました。また、2014年の薬機法改正時に医療機器プログラム(SaMD)というカテゴリが生まれ、SaMDもこのQMS省令の対象となっています。
なお、医療機器に該当しないプログラムは法令上 QMS 省令に従う必要はありませんが、製品としてなんの品質保証もしなくてよいというわけではないため、テストだけに依存するのではなく、やはり設計開発を開始してから製品の使用が完全に中止されるまで、システマティックに品質保証する必要があると考えられます。
開発工程での取り違えはSaMDでも起こりうる
さて、今回の小林化工の事例で生じた原料の取り違えですが、医薬品を含め有体物の製品であれば、最終的には倉庫から出てきた製品に貼付されたラベルで人が確認することも可能でしょうし、確認者を複数にすればさらなる厳重にチェック機構が働き、ある意味検知が可能な問題とも言えます。
しかしながら、無体物の製品であるSaMDの場合、レジストリに書かれた情報によってステージングやリリースがなされるので、例えばバージョンの取り違えといったような間違いが起こったり、またその発見が遅れてしまうといったこともあります。複数のエンジニアが同時に作業し、異なるバージョンが存在しているため、有体物製品の場合よりも管理が難しい部分もあります。
有体物の製品でもSaMDでも、リリースは最も重要なプロセスです。その責任の組織的な所在を定めているのが「QMS」です。現場でのダブルチェックは作業者の責任ですが、そのチェックが毎回確実に行われていることを組織的に管理することが求められます。
最後に
小林化工での事例をきっかけとして、SaMDの品質保証やQMSについても考えみる機会になりました。有体物ではないからこそ、QMSが重視されるともいえ、またSaMDならではのQMS構築も必要になってくるかもしれません。MICINでもQMSの推進に日々取り組んでいます。