2020年9月18日、Apple Watch Series 6の発売が開始されました(1)。Apple Watch Series 6には、血中酸素飽和度(以下、「SpO2」という。)を測定するパルスオキシメータ機能が搭載されたということで、大変話題となっていますが、この機能について、Apple社は「この機能は、医療での使用や医師との相談または診断を目的としたものではなく、一般的なウェルネスとフィットネスのためだけに使えます。」とホームページ上で記載しています。これは一体どういうことなのでしょうか?
Apple Watchのパルスオキシメータ機能は現時点で医療機器として認可されているわけではない
パルスオキシメータは医療従事者にとっても馴染みが深く、認証基準(2)のある医療機器ですが、一方で今回のApple Watchのパルスオキシメータ機能は医療機器として認可されているわけではありません。同じSpO2測定機能を持つデバイスであるはずなのに、このような違いはなぜ生まれるのでしょうか?
これは、前回の記事(3)でも説明したとおり、薬機法の中で医療機器は「人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く。)であって、政令で定めるものをいう。」と定義されています。
極端な例としてハサミを例に上げてみますが、図のように、ハサミを「手術で人体を切る」目的で使うのであれば医療機器となりますが、「家庭で紙を切る」目的で使うのであれば医療機器にはなりません。このように、同じ機能を持つものでも、その使用用途が医療機器の定義に当てはまるものかどうかで、医療機器となるかならないかが決まります。
パルスオキシメータも同様で、疾病の診断目的に使われるものは医療機器になりますが、今回のように「ウェルネスとフィットネス」を目的とする場合(いわゆる健康管理目的)では医療機器の定義である「疾病の診断、治療、予防」にはあてはまらないと考えられ、非医療機器となるのです。
したがって、一部報道では「COVID-19の診断やモニタリングに使用できる」と期待されているものの、法的には疾患のモニタリングといった使い方は医療機器に該当する使用方法になるため認められていません。健常人で測定できるからといって、従来のパルスオキシメータと同様に何か病気で低酸素血症となっている患者で十分な精度をもって測定ができるのかについては、未だ公にはなっておらず、各国規制当局でもそのような使い方を許可したわけではありません。
それゆえに、Apple社は「この機能は、医療での使用や医師との相談または診断を目的としたものではなく、一般的なウェルネスとフィットネスのためだけに使えます。」と注釈を付けているのです。
Apple Watch Series 6のパルスオキシメータ機能を医療機器とするには?
一部報道によると、Apple社は大学や海外研究機関と共同で、Apple Watchで取得したSpO2を用いて低酸素血症となることが想定される喘息やインフルエンザ等の呼吸器感染症の初期徴候を検出するといった研究を開始することを発表しています(4)。報道の通りであれば、これらは医療用途での活用であると考えられ、医療機器として開発することになっていくのでしょう。その場合、おそらく規制上大きく2つの論点があると考えられます。
- どこまでを医療機器の範囲とするのか?
1つ目の論点が医療機器の範囲をどこまでとするのかになります。
先日国内承認されたApple Watch 心電図は、センサーとなるApple Watch本体は非医療機器とし、プログラム部分を医療機器プログラム(SaMD)として承認されました。パルスオキシメータ機能も同様に、センサー部分となるApple Watch本体(汎用機器)を非医療機器として、プログラム部分のみを医療機器とする形となるかもしれません。
一方で、センサー側が特殊な構造であり、他の用途(汎用用途)には使えないものである場合、本当に「汎用機器」として医療機器の範囲から外すのが規制上適切なのかどうかはまだわかりません。Apple Watchパルスオキシメータ機能がSaMDとなるのか、Apple Watch本体も含めて医療機器となるのかは今後の規制当局の動向に注視していく必要があります。
- どのような評価が必要となるのか?
2つ目の論点は、医療機器としてどのような評価が求められるか?になります。
従来のパルスオキシメータの原理は、赤色光、赤外光の2種類の光を発生するLED部分と、受光センサーで構成されており、LED部分と受光センサーで血液を挟み込むことで、透過する2種類の光の比から血液内の酸素飽和度を測定するというものです。既存のパルスオキシメータは指(爪部分)や耳たぶなど、光を透過しやすい部分を使って測定します(5)。
一方、今回のApple Watchパルスオキシメータはおそらく測定原理は従来のものと似ているものですが、測定部位が手首であり、光の透過性が従来のパルスオキシメータとは異なる可能性があることや、使用する光やセンサーも「緑色、赤色、赤外線LEDの4つのクラスタ」と発表されており(1)、従来のパルスオキシメータとは厳密には原理が異なる可能性があります。
このような違いを考えると、既存のパルスオキシメータの認証基準に基づいた第三者認証機関による認証はおそらく難しく、Apple Watch心電図と同様にPMDAでの承認が必要になるのではないかと考えられます。
医療機器の評価の基本は「同等性評価」
一般的に医療機器の評価は、①すでに認可されている類似の医療機器との同等性を評価する、②差分がある場合はその差分を明らかにしてそれに対して追加で評価する、という方法を取ります。
①については認証基準がある場合は認証基準に基づいた評価を行えばそれが既存の医療機器との同等性を評価することになります。認証基準がない場合においても、類似の前例品がある場合はその認証基準を参考として評価方法を検討することが可能です。類似の前例品があっても認証基準が参考にならない場合や類似の前例品がない場合、個別に評価方法を検討していくことが必要で、差分の程度によっては治験を含めた臨床評価が求められる場合もあります。
Apple Watchパルスオキシメータが医療機器になるのであれば、全く同じような前例品はないものの類似医療機器である既存のパルスオキシメータがあり、測定機序や求められる性能、使用用途を考えれば、パルスオキシメータの認証基準に準じた評価や、既存のパルスオキシメータと同等の性能を持つことを示す評価が求められることは想像に固くありません。
最後に
冬季にむけてCOVID-19再流行拡大が懸念されている中、パルスオキシメータが簡便に自宅で測定できるようになることはCOVID-19対策としても非常に有用であると考えられますが、現状ではそのような使い方ができるだけの機能を有しているかの評価がなされたものではなく、ユーザー側にも注意が必要です。海外での研究の進捗に注視しつつ、Apple社には各国の規制に応じた対応を是非取っていただき、法的に問題のない形での素早い市場展開を1ユーザーとして期待しています。
参考資料
(1) Apple 社ホームページ:Apple Watch Series 6
(2) 医薬品医療機器総合機構:パルスオキシメータ認証基準
(3) Digital Health Times:Apple Watch ECG appの国内承認から見る「医療機器プログラム」
(4) mobihealthnews:Apple adds SpO2 & V02 Max to Apple Watch Series 6, and launches three new studies
(5) コニカミノルタ社:パルスオキシメーター知恵袋 基礎編